経営の仕事をしよう | キャッシュフロー改善の専門チーム。株式会社産業育成研究所

「経営の仕事」とは、「一定期間の事業活動の結果、儲かった資金をどう配分するか決めること」です。
「経営の役割」とは、計画通りの儲けが出るように、営業と経営管理を調整し、財務と金融をコントロールすることです。
「成長の必要条件」とは、我が社のあるべき姿を構想し、それを従業員や場合によっては顧客、銀行、株主などのステークホルダーと共有することです。

 このように、重要な言葉について、皆さんは曖昧にしたまま仕事をしていませんか?
身の周りの普段使っている、解っていると思い込んでいる事を、さて一文にまとめてみようとすると、これが得てしてできないものなのです。
その状態では、部下育成、仕事の効率的な役割分担等ができません。

 私は学生ベンチャーで、広告代理業を起業しました。私の「儲かった資金配分」の第一は「自分の取り分」でした。
学生自身がアルバイトと集客の口コミ広告媒体を出す事業で、瞬く間に東京で6つの大学に広がりました。
1年で6つの大学に広げて月商6000万以上を稼ぎ出しました。私は高級マンションで毎晩パーティ。当時でも月6万円の駐車場に外車を停めていました。
貧乏学生なりに、「お金があれば幸せになれるのか?」実験が理念でした。戦略などありません。ニッチ市場で自分たちの学生という身分の優位性をもって戦術だけで活動したのです。

 当時の私は、経営の仕事を十分に行い、経営の役割を十分に果たしました。ただ「成長の必要条件」には無頓着でした。事業の継続性など頭にありませんでした。
自分が卒業したらどうするのか等考えていませんでした。この事業の顧客価値など考えていませんでした。この事業のあるべき姿などそもそも関心がありませんでした。
 それは、根源に「お金があれば幸せになれるのではないか?」という仮説があったからです。
厳しくピンハネし、私の月収は600万円から1000万円にのぼりました。そこまでやり過ぎますと、気付きます。
何事も中途半端はいけないという教訓です。やり過ぎますと色々な事が見え始めます。

 宴の後の空虚感は、宴の高揚感以上に憂鬱なものであること。腹の割れる友人が周りから消え、ご機嫌伺いのお囃子連中に取り巻かれる孤独感は、ひとりぼっちのものよりも憂鬱なものであること。
耐えられない苦痛に、私は同級生が就職活動に熱心な大学3年の終わりで休学し、事業を希望者に譲渡して渡米します。環境をリセットしたかったからです。
私の実験は失敗に終わります。最初からそういう結末だったのだろうと思います。「持っているお金の量と幸福感は比例しない」と身に染みました。

 お金は「有効に使う道具」に過ぎません。だから「有効」と「道具」を突きつめて、「社会に価値を」提供する必要があるのです。それが「社会人」の「組織」「会社」なのです。

 しかし私の馬鹿げた実験は、「経営の役割」において大成功しました。自分が実際に行った成功要因と事業モデルを分解し、役割分担を明確化しました。ベストプラクティスの分析と標準化です。
それぞれのアクションを分解し、どんなアクションや作業の集積でひとつの分担された役割が果たせるか明確化しました。
そこから何人程度人員が掛かるか割り出し、経費予算と業務マニュアルを一気に仕上げました。
これがなければ、あと5つ大学の有能な人材にアプローチして広げることはできなかったはずです。

 私には世にはオペレーションをしている会社が多いと見えます。マネージメントしている会社はとても少ない。
会社と経営の役割を果たすためには、実は理系の思考プロセスがフル活用されなければならないのだと思います。あなたの周りはどうでしょうか?

(キャッシュフロー改善の専門チーム。株式会社産業育成研究所)